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20170205プログラム・ノートVol.7 ツェムリンスキー《人魚姫》

ツェムリンスキー《人魚姫》(アンデルセンのおとぎ話による大管弦楽のための3楽章の幻想曲)

 アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー(Alexander von Zemlinsky, 1871-1942)は19世紀末から20世紀にかけて活躍したオーストリアの作曲家、指揮者である。ウィーン音楽院で学んだツェムリンスキーは、音楽芸術家協会で最晩年のブラームスと出会い、彼の推薦で《クラリネット三重奏曲》作品3を出版した。また、アマチュア・オーケストラ、ポリヒュムニアで1895年に知り合ったシェーンベルクとは生涯の友となり、対位法の手ほどきも行っている。
 ツェムリンスキーの弟子には、ヴァイグルやコルンゴルトらがいたが、注目すべきはアルマ・シンドラーとの関係である。二人は一時期恋仲であったが、最終的に彼女はグスタフ・マーラーを選ぶ。結婚式は1902年3月9日に行われたが、ツェムリンスキーが《人魚姫》のスケッチを開始したのはちょうどその数週間前のことだった。彼の失恋がこの作品と結びつけて論じられるのはこうした理由からである。カール劇場での多忙な指揮活動の合間を縫って作曲された《人魚姫》は、翌1903年3月20日には全曲が完成。1905年1月25日、ウィーン音楽芸術創造家協会の演奏会でシェーンベルクの交響詩《ペレアスとメリザンド》とともに初演された。
 しかし、ツェムリンスキーが1938年にアメリカへ亡命したことなどの影響もあり、この曲は歴史の中に埋もれてしまう。再発見されたのは1980年のことで、1984年には音楽学者で指揮者のペーター・ギュルケがウィーンでユース・オーケストラを率いて演奏した。その後、リッカルド・シャイーらが実演・録音で取り上げるようになり、ようやく《人魚姫》は広く知られるようになったのであった。
 そして、2013年、ツェムリンスキー研究で有名なアントニー・ボーモントによる新校訂版が出された。この版は、作曲家自身が行った第2楽章の大規模なカットを復元したものであり、2015年春にはストゥールゴールズとヘルシンキ・フィルによる世界初録音が発売されている。

 20世紀初頭のウィーンで生まれた3楽章からなる交響詩《人魚姫》。ヴァーグナーやシュトラウスからの影響も色濃いこの作品は、アンデルセンの世界が色彩感豊かに描写された一大絵巻である。
 第1楽章は、作曲家がしばしば死の象徴として用いた「不吉な調」イ短調で始まる。人魚姫が住む海底の世界。クラリネット、オーボエとハープに登場する波、または泡を想起させるモティーフが4回鳴ったところで、バスクラリネットとホルンに息の長い、悲劇の主題とでも言うべき旋律が出る。そして、物語の結末を予告するかのようなもの悲しい音楽が奏でられる。続く独奏ヴァイオリンの旋律は、作品中で最も重要な要素、人魚姫のモティーフである。2度目のソロが終わると、音楽は優美な踊りの場面に。しかし、その中にも悲劇の主題が潜んでいる点は見逃せない。その後独奏ヴァイオリンに新しい旋律も登場し、人魚姫のモティーフとともにしばし美しい音楽が続く。そして、感情が高ぶったところで嵐の音楽に入る。この部分はリムスキー=コルサコフの《シェエラザード》における表現を髣髴とさせる。沈んでいく船の中から王子を救出した人魚姫は、岸まで泳ぎ、浜辺に王子を寝かせる。そして、教会、あるいは僧院の鐘の音が響く、穏やかな海の音楽によって楽章は閉じられる。
 第2楽章は華やかな音楽で始まる。自らの舌、つまり声を代償に魔女の魔法で脚を得た人魚姫は、王子の御殿に「かわいい拾いっ子さん」として迎えられ、そこで王子の気を惹こうと奮闘する。しかし、王子の結婚の話を耳にすると人魚姫の気分は沈んでゆき、穏やかな海の音楽を経て、付点リズムが特徴的な、暗く不気味な音楽となる。ここから再び海の音楽が現れるまでの4分弱が、従来の版で14ページにも渡ってカットされていた箇所であり、「王子と結ばれなければ自らは死に、泡となってしまう」という人魚姫の焦りと不安を反映したかのような部分である。その後、ハープの美しい分散和音に続いて、人魚姫の動機があちこちで鳴らされ、海の音楽でクライマックスを築くと、音楽は楽章冒頭の再現となる。最後は穏やかな海の音楽と、それを断ち切る力強い打撃音で終わる。
 第3楽章は悲痛な表情で始まる。この部分が人魚姫の心情を描写していることは、すぐに人魚姫の半音進行の動機が奏されることから明らかだ。その後、悲劇の主題に基づく旋律がヴァイオリンによって歌われる。王子を射止めることに失敗した人魚姫が助かるためには、愛する王子を殺さなくてはならない。ツェムリンスキーは、歪められた人魚姫のモティーフを度々用いることで、日の出までに王子を殺すか、或いは自らが泡となって消えるか、という究極の二者択一で苦しむ人魚姫を巧みに描き上げている。そして、彼女が選んだのは、自らが泡となり消える道だった。踊りの主題を発展させた後、人魚姫は海に身を投じる。ここで第1楽章冒頭の海底の音楽が再現されるのは、彼女が沈んでいく光景を描写するためだろうか。しかし、全休止を挟んだ後、ppppp、7分割されたヴァイオリンによる神秘的な音楽が現れる。泡となった人魚姫が、空気の精となり、天に昇っていく場面。この部分はまさに、ヴァーグナー的な救済の音楽である。そして、海の音楽の中で、人魚姫のモティーフがトランペットによって優しく奏でられ、物語はそっと結ばれる。

(初出:2016年11月19日 ISP 第2回定期演奏会、2017年2月5日一部改訂)
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20170101あけましておめでとうございます。

 あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

2017b - コピー縮小

 今年はブラームス没後120年です。また、ブラームスの交響曲第1番の完成稿が出版された1877年からは140年ということで、1876年の初演稿から大きく改訂された第2楽章を背景に採用しました。わかりづらいですかね。笑(実は、この完成稿も、第1楽章コーダのテンポ指定などの点で、後に手が加えられるのですが……。笑)

 ともあれ、今年も素晴らしい音楽に満ちた素晴らしい一年になりますように。

2016年まとめ

 あっという間に今年も年末になってしまいました。3月以降ブログの方を全く更新していなかったことに自分でも驚く大晦日。
 今年は年明けすぐにピエール・ブーレーズが、さらに、中村紘子さんやニコラウス・アーノンクール、ネヴィル・マリナーら、多くの音楽家が世を去りました。彼らの演奏に生で触れることができなかったことは、心残りです。
 一方で、今年はたくさんの素晴らしい演奏に恵まれました。2月のパーヴォ・ヤルヴィ&N響のニールセン5番、6月に第1生命ホールで行われたトリオ・ヴァンダラーのブラームス、7月のアルミンク指揮N響「夏」公演(ドヴォルジャーク「新世界」)、11月の井上&N響のショスタコーヴィチ、12月の飯守&日フィルのシューマン「ライン」などが印象に残っているところ。また、先ほど放送もされた、89歳の指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットが指揮した年末のN響第9も、マエストロらしい、作曲家の意図を汲み取ることを最優先とした名演。一年の締めくくりに相応しい感動を味わうことができました。
 執筆関連では、昨年もお世話になったアマチュアオーケストラのISP様に、ドヴォルジャークの謝肉祭序曲と新世界交響曲、そして珍しいツェムリンスキーの《人魚姫》のプログラムを寄稿させていただきました。ドヴォルジャークの新世界交響曲は私がクラシック音楽にのめり込むきっかけとなった作品だったため、懐かしさを噛みしめながらの執筆でした。

 さて、例年公開している購入したCDですが、今年は、87枚、総額73,444円でした。(笑)
 当方は年末年始は卒業論文執筆で忙殺されているため、また当分記事執筆が滞るかとは思いますが、地道に続けてまいりますので、来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 それでは皆様、良いお年を。

20161231プログラム・ノートVol.6 ドヴォルジャーク《交響曲 第9番 ホ短調》「新世界より」作品95

ドヴォルジャーク《交響曲 第9番 ホ短調》「新世界より」作品95

 ニューヨーク・ナショナル音楽院の創設者であるジャネット・サーバーの招きに応じて1892年9月に渡米したドヴォルジャークが、アメリカ到着後最初に手掛けた大作が《交響曲 第9番 ホ短調》作品95「新世界より」である。彼は1893年1月10日にこの曲のスケッチを開始し、5月24日までには全曲を完成している。
 ドヴォルジャークの《交響曲 第9番》は、作曲家が渡米したからこそ生み出され得た交響曲である。ロングフェローの詩「ハイアワサの歌」や黒人霊歌からの影響はこの曲の随所で見受けられ、このことは作曲家自身も認めている。その一方で、この交響曲には「旧世界」、ボヘミアへの愛着と郷愁の念も色濃く反映されている。19世紀後半という時代において、ブラームスらと同様、あえて古典的な「交響曲」という形式に挑み続けてきたドヴォルジャークは、「新世界」で出会った音楽と、彼がそれまでに生きてきた「旧世界」で親しんできた音楽の両者を、最後の交響曲において巧みに融合させているのである。
 作曲家による、アメリカ的要素とボヘミア的要素の止揚の具体的な例として、第1楽章の第2主題が挙げられる(譜例)。
譜例《交響曲第9番》第1楽章第2主題 - コピー
フルートとヴァイオリンによって歌われるこの主題は黒人霊歌の《静かに揺れよ、懐かしの馬車》と明らかに関係している。その一方で、長い音価の音と短い音価の音の並びが小節線ごとに交代するリズム・パターン(「ソーーソ|ミレーー」=「長――短|短長――」)や付点音符の使用はチェコの民謡や民俗舞踊の特徴でもある。加えて、この部分におけるシンコペーションの伴奏もまた、チェコの民俗音楽の響きを有している。
 この作品のもう一つの特徴は、循環形式で作曲されている点である。ドヴォルジャークの《交響曲 第9番》は、序奏付きのソナタ形式で作曲されている第1楽章(Adagio.-Allegro molto. ホ短調)、イングリッシュ・ホルンの抒情的な旋律で知られる第2楽章(Largo. 変ニ長調、三部形式)、ボヘミアの農民の踊りを髣髴とさせる第3楽章(Scherzo. Molto Vivace. ホ短調、複合三部形式)、そしてホルンとトランペットによる勇壮な第1主題が有名な第4楽章(Allegro con fuoco. ホ短調、ソナタ形式)の四つの楽章から構成されている。作曲家は、第2楽章以降の三つの楽章に、それ以前の楽章で登場した要素を再び用いることで、楽曲全体を有機的に結びつけた。
 例えば、第1楽章で登場する二つの主要主題は、その後のすべての楽章で登場する。また、第2楽章冒頭の和声進行や「家路」としても知られている主要旋律、第3楽章の主題のリズムも終楽章で再び扱われる。
 このような循環形式によって楽曲全体が統一されている作品には先例がある。例えば、チャイコフスキー(1840-1893)の《交響曲 第5番 ホ短調》作品64(1888)では、第1楽章冒頭の主題がその後のすべての楽章で登場する循環主題として扱われている。ドヴォルジャークは、1888年にプラハを訪問していたチャイコフスキーから《交響曲 第5番》の総譜を贈られており、この曲から少なからぬ影響を受けたようだ。このような点から観ると、「新世界」交響曲における循環形式は、複数の要素を同時に扱う部分が登場するなど、チャイコフスキーの方針をより発展させ、複雑化させたものだとも考えられる。各楽章の主題が後の楽章でいかに巧みに用いられているか、という点はこの交響曲の聴きどころの一つである。
 ドヴォルジャークは「新世界」交響曲を、チェコで書いた3つの演奏会用序曲、《弦楽四重奏曲 第12番 ヘ長調》「アメリカ」などと共に7,500マルクで売りに出した。ベルリンのジムロックはこれらを直ちに出版したいと考えたが、ドヴォルジャークはアメリカ滞在中である。そこで、ジムロックは作曲家に代わって作品の校訂をしてもらえるよう、ヨハネス・ブラームスに依頼した。ドイツの老巨匠はこれを快く引き受け、ドヴォルジャークを大変に感動させたという。
 1893年12月16日、「新世界」交響曲は1894年の出版に先だって、アントン・ザイドル率いるニューヨーク・フィルによって初演され、大成功を収めた。終演後のカーネギー・ホールの熱狂ぶりは凄まじいもので、ドヴォルジャークの手紙によると、彼は「座ったボックス席から、さながら王様のように何度もお辞儀を繰り返さなければならなかった」 (1893年12月20日、ジムロック宛)。さらに、1896年2月16日にハンス・リヒターの指揮で演奏された際には、音楽の都ウィーンの聴衆もこの曲に熱狂したという。新旧両世界の聴衆を唸らせたドヴォルジャークの《交響曲 第9番》。この作品が交響曲ジャンルにおける最高傑作の一つであることに疑いの余地はない。

(初出:2016年11月19日 ISP 第2回定期演奏会、2016年12月31日一部改訂)

20160305プログラム・ノートVol.5 シュトラウス《交響曲 ヘ短調》作品12

リヒャルト・シュトラウス《交響曲 ヘ短調》作品12

 あまり知られていないが、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)はそのキャリアの初期に番号付きの交響曲を二つ書いている。すなわち、《交響曲 ニ短調》(1880)と《交響曲 ヘ短調》作品12(1883-84)である。これら2曲がどちらも古典的様式で書かれているのは、作曲家の父フランツ・ヨーゼフ(1822-1905)による音楽教育の影響だろう。ミュンヘン宮廷劇場管弦楽団の首席ホルン奏者を務めていたフランツは、ワーグナーらの新しい音楽を嫌っており、息子に古典的な音楽を学ぶことを強制していたのである。
 事実、シュトラウスの《第2番》は、急-急-緩-急の4楽章で構成されている点や、第1楽章の楽想指示が完全に一致する点など、多くの点でベートーヴェンの「第九」とよく似ている。また、各楽章の調性がブラームスの最新の交響曲であった《第3番》に酷似している点、2音ずつスラーで結ばれた旋律がしばしば登場する点などからは、ブラームスの影響もうかがわれる。

 第1楽章(ヘ短調、4分の2拍子)の序奏はリストのロ短調ピアノ・ソナタに似た下降モティーフで始まる。第1主題は第1ヴァイオリンとヴィオラによって提示される哀愁に満ちた旋律であり、低音で繰り返される。これに続く金管楽器のファンファーレのような音型は後の楽章でも登場する重要な動機だ。シンコペーションの半音階下行を経て登場する、幅広く歌われる旋律が第2主題で、この第2主題部はワーグナーの《タンホイザー》序曲を髣髴とさせる。そして、ホルンの跳躍音型の後に登場する美しい旋律が第3主題であり、主部は以上三つの主題を用いたソナタ形式で構成されている。再現部終盤では第1主題が長調で牧歌的に歌われるが、すぐさま短調に戻り、ベートーヴェンの「運命」を想起させる動機を交えながらコーダに入る。コーダは序奏主題と第1、第2主題によって構成されており、最後はブラームスの《第1番》第1楽章と似た詠嘆的な雰囲気で閉じられる。
 第2楽章は変イ長調(トリオ:ハ短調)、4分の3拍子のスケルツォである。Ritmo di due battute.(2小節を一つのリズムと見なして)やRitmo di tre battute.(3小節を一つのリズムと見なして)といった指示のため、変拍子の音楽に聞こえる点が面白い。ちなみに、この手法はベートーヴェンが「第九」第2楽章において既に採用しているものだ。楽章はABAB-Trio-ABA-Coda(B)という形で作曲されており、チェロに変イ長調でトリオ主題が出た後、穏やかなB主題を経て、歌劇《ばらの騎士》の第3幕幕切れに似たコミカルな雰囲気で終わる。
 第3楽章(ハ長調、8分の3拍子)は牧歌的な緩徐楽章であり、第1ヴァイオリンが穏やかに主題を歌い上げて始まる。第1楽章のファンファーレ動機が出ると短調に転じて中間部に入るが、ここでも跳躍を主体とした優美な句が出る。また、楽章の終盤では中間部の主題と関連する美麗な句がヴァイオリンによって奏でられるが、これは《ばらの騎士》のマルシャリンのモティーフによく似た旋律だ。後に生み出される傑作オペラを思わせる要素が、若き日の交響曲に早くも現れているのである。楽章は優しさを保ったまま、アーメン終止でそっと閉じられる。
 ソナタ形式の第4楽章(ヘ短調、2分の2拍子)は主に四つの要素から構成されている。すなわち、①主部の主題を予告する短い序奏がオクターヴの跳躍下行を印象付けて終わった後、低弦によって力強く奏される第1主題。②その主題を木管が受け継いだ後に強烈に提示されるコラール風の旋律。③音楽が一旦落ち着いた後にヴィオラとチェロが歌うオクターヴの下行(!)から始まる情感豊かな旋律(第2主題)。そして、④木管と弦楽器のピッツィカートによる諧謔的な第3主題の四つである。シュトラウスはこれらを巧みに用いてスケールの大きなフィナーレを作曲した。
再現部は第3主題が短調で提示されるまではほぼ型通りだが、コラール主題の代わりに第1楽章序奏主題が登場して回想部に入るところが個性的である。これもベートーヴェンの「第九」からの影響だろうが、この曲では各楽章を回想する順番が第1、第3、第2楽章の順であり、また、ファンファーレ動機を中心に各楽章の要素が重ねられている部分が続く点で「第九」とは異なっている。回想の後、中高弦による32分音符の上行をきっかけにコーダに入ると、コラールがヘ長調で堂々と歌い上げられ、壮大なクライマックスが築かれる。そして第3主題を中心としたアレグロ・アッサイの部分を経て、最後はヘ長調主和音で力強く結ばれる。

 1885年にこの交響曲がマイニンゲンで演奏された際、客席にはブラームスの姿もあった。彼の反応は「まったく結構」という、あまり好意的とは言えないものだったようだ。しかしながら、後のシュトラウス作品を髣髴とさせるロマンティックな旋律や管弦楽法、いくつもの野心的試みが随所で顔を見せる《交響曲 ヘ短調》は、習作の域を超えた芸術作品である。この曲の再評価が進み、多くの楽団によって演奏される日が来ることを願ってやまない。

(初出:2015年11月21日 ISP 第1回定期演奏会、2016年3月5日一部改訂)
プロフィール

rocky dvorak

Author:rocky dvorak
H.Honda
一般私大でクラシック音楽を勉強中。19世紀ドイツ音楽、特にブラームスが好きです。

最近は更新間隔が開いてしまっていますが、その代わりにプログラムノートのようなまとまった文章も執筆しています。よろしければカテゴリの「プログラムノート目次」からどうぞ。

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